お客様事例

三井不動産レジデンシャル株式会社市場開発部 部長

鈴木 太郎

1989年、三井不動産に入社。三井不動産レジデンシャル 企画経理部(IT部門)を経て、2015年に市場開発部長に就任。

株式会社Bizauth代表取締役社長

塩屋 貴史

1998年にアクセンチュア(旧アンダーセンコンサルティング)に入社。 同社に8年間在籍後、独立し、2006年にビズオースを創業。

大手不動産デベロッパー様

ビズオースでは三井不動産レジデンシャル株式会社様の設立当初から情報システムに関するコンサルティング業務を受託し10年となります(2017年1月現在)。社長塩屋が鈴木市場開発部長と10年の歩みと取り組みについて振り返りました。 ※三井不動産レジデンシャル株式会社は三井不動産株式会社の住宅事業部門と三井不動産販売株式会社の住宅営業部門が製販統合をして2006年10月1日に営業を開始しました。

出会い: IT中長期計画の策定

お二人は現在で10年ほどのお付き合いになるそうですが、どのようなきっかけで出会われたのですか?

鈴木部長:塩屋さんとの初めての出会いは2006年の12月ぐらいでしたね。当時は三井不動産レジデンシャル(以下MFR)という会社は営業をスタートしたばかりで、情報システムはお互いの会社から持ってきた既存システムをつなぎ合わせて使うという状況でした。とはいえ、業務効率化やリスク回避の観点での課題意識もありました。そこで、新会社のシステム全体像、ビッグピクチャーを描きたいということになり、当時お付き合いのあったベンダさんに順次声掛けしていたのですが、あまりピンとくる提案が出てこないので困っていました。そのような中で一番ピンとくる提案をしてくれたのが塩屋さんでした。 塩屋:当時のビズオースは大手SI系コンサル会社の下請けとして私一人でやっていました。実はMFRへは別件で訪問しており、全体像を描く提案で来ていたわけではなかったのですが、全社のシステム全体像、所謂「全体最適」とはどういうことか、このくらいのヴィジョンとスケールで描かないとダメということをSIerさんに助言していたら、是非その内容をプレゼンしてくれということになりお話させていただきました。

その後、MFR社のIT中長期計画策定という流れになるわけですが、どのような狙いがあったのですか?

鈴木部長:当時はそれぞれの会社から持ち寄ったサーバが異なるデータセンターに置かれており、データ連携も不十分でした。また、各システムで同じようなデータの多重入力が行われ、コード体系もバラバラでした。そこで、インフラ、アプリケーション、データベース、システム運用と全体を対象として統合し、それを統制する仕組みを作る必要があるという提案をいただきました。MFR社のビジネスを整理し、モデル化するには最適なタイミングだと思いました。 塩屋:インフラについては当時、物理サーバを仮想化し、コスト削減しようというのが時流としてありましたので、新しいデータセンターにリソースプールを構築し、既存の物理サーバを仮想化技術で移設するという計画を立案しました。また、業務とデータについては、製販統合されたMFR社の業務を見つめなおした時、まずはバリューチェーンに沿ってデータを綺麗に流すべきと考え、基幹システムの刷新と統合データベース構築という構想を企画しました。次いで、セキュリティ・システム運用・システム利用等に係る規定類を整備すべく標準化・ガバナンスに関するプランニングも行いました。1年ほど掛けて提案時のビッグピクチャーを実行性の高いプロジェクト計画書に落とし込みました。2007年度末のことでしたね。

困難を乗り越えて: プロジェクトマネージャの意思決定

そのような大規模プロジェクトを企画された中で、どのような仕組みで実現可能性を担保されたのですか?

鈴木部長:非常に幅広なスコープで期間も長い計画でしたので、ある程度のリスクはあると思っていました。幸い、参画してくれたMFR側社員のモチベーションが高く、機動的に動いてくれていたので、私と塩屋さんでプロジェクトの円滑な推進と投資効果の管理、リスク管理に重点を置いて進めていました。 塩屋:リスク分散を目的として、取り組みの単位を極力最小化するよう、プロジェクトを細かく分けて管理する仕組みを作りました。1つのチャレンジが失敗しても他のチャレンジに影響を及ぼさない疎結合な単位を「プロジェクト」として定義し、それらプロジェクトを束ねる「プログラム」という単位を上位に作りました。鈴木さんにはユーザ側管理者としてプログラムのレベルで俯瞰して判断いただけるよう、レポートラインと会議体を整備しました。その中でステアリングコミッティとして位置していたのが「IT中長期プログラム会議」です。

その後、2009年度にインフラ統合が完了し、2010年には統合データベースがリリースされ、プログラムが順調に進行していると思われる中、ある基幹システム刷新プロジェクトのリプランを決断しました。お二人はプログラムの管理者としてどのような判断がありましたか?

鈴木部長:あの時は追加投資してやり切るべきか、プロジェクトを大幅に見直すべきか、非常にタフで臨機応変な決断が必要でした。毎日のように塩屋さんと打開策を見出すための打ち合わせをしていましたね。その打ち合わせの中で、塩屋さんの方から既にリリースしているプロジェクトの成果を毀損しないよう、当初の計画を変える提案がありました。 塩屋:当時はビズオースのメンバーもユーザ側のメンバーも非常にやり切る意志が強く、正直なところ計画変更には相当迷いがありました。しかし、基幹システム刷新プロジェクトは統合データベースプロジェクトと密接な関係があり、当初の目的であるデータ統合の効果を早期に創出するためには当初のプランを大幅に見直し、代替プランに切り替えるべきであると判断しました。そこで、刷新された基幹システムが統合データベースに供給するという当初のプランを現行の基幹システムからの供給に変えるという提案をしました。幸い、取り組みの単位を疎結合にしていたため、多少のインタフェース変更で対応可能なプランを立案することができました。 鈴木部長:そのような提案を受け、私もIT中長期プログラムの管理者としてプラン変更を受け入れ効果創出を優先するという決断をしました。

このプロジェクトを通じて得られたものはありましたか?

鈴木部長:我々ユーザサイドがベンダサイドと同じステージで話ができているか、ということを強く意識することが大切であることは学びましたね。我々の本業であるマンションづくりでは我々デベロッパーと建設会社さんが同じステージで話をして一体感を持たないと良い物件ができないと私は思っているのですが、ITは途中では成果が目に見えないため、同じステージでモノを見ることができず、一体感を持つことが非常に難しいと感じました。そのような目に見えない物が今どのように出来上がっているのか、同じステージで会話ができているのかを確認するためには間を取り持つ人たちが必要です。あの時にビズオースさんが居てくれたことがプログラムの大きな成果につながったと感じています。

新たなチャレンジ: IT成熟度とコストの適正化

その後、鈴木部長は人事異動により第一次IT中長期プログラムから離れましたがビズオースでは2014年に第二次IT中長期プログラムを策定します。第二次ではどのような狙いがありましたか?

塩屋:MFR社のIT成熟度は設立当初から考えると進化したと思いますが、歩みを止めてしまうと世の中のIT対応状況に照らして相対的に成熟度は低下してしまいます。第二次では2つの取り組みを中心に推進しています。1つはクラウド技術への適応、もう1つはデジタルマーケティング分野への適応です。ITをコストとする向きについては全面的に削減方向に計画すると経営基盤の弱体化に繋がります。しかしインフラやミドルウェアに関する資産は昨今クラウド技術によって消費財化しており、企業が自前で保持し続けるコスト、サービスライフサイクルに追従し続けるコストは削減すべきコストです。一方、ITを武器とする向きについては競合優位性を確保するべく積極投資が必要です。今般ではAI、IOT、デジタルがキーワードとなってきていますね。第二次中長期プログラムではクラウド化によりコスト削減に取り組むとともに投資分野としてデジタル適応に取り組み、IT成熟度の維持・向上とITコストの適正化を図る狙いがあります。

今後の想い: 次の10年に向けて

MFR社の今後のITに関する取り組みについてどのような想いがありますか?

鈴木部長:これからもビズオースさんに担っていただいていた業務ノウハウが活用され、円滑な組織運営が行われることを期待しています。 塩屋:第二次中長期プログラムにおけるデジタルマーケティングに関するプロジェクトでは鈴木部長に市場開発部長として再び参画いただくことができました。このご縁を大切に、さらなる10年に向けてともに歩めたらと思っています。