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ITの基本戦略を設定する:④経営と向き合うために地政学的発想を持つ
経営と向き合うために地政学的発想を持つ
それぞれのIT部門が、独自のIT理念的なもの、すなわちIT基本戦略を持つことが重要になるのは、全部に秀でることはできないという現実があるからだ。お金と人には限度がある。欧米の企業でも限度はあるのだろうが、現代の欧米企業は色々な意味で裕福である。CIOの報酬も非常に高いし、儲かっている企業が多く投資余力もある。逆の言い方をすれば、欧米企業の場合は儲からないときは、さっさと身売りされてしまい、裕福な状態に戻す手法が多く用いられる。日本のよう爪の火をともすように企業が永らえることは少ない。
個々の企業の個性を重視し、経営を永らえることを最後の最後の局面まで模索する(もちろん、ゾンビとは言わない)日本においては、何に焦点をあてるか、この判断を間違えるわけにはいかない。特に、これからの時代、ITは一層重要性を増し、コストだってかかっていくがゆえに、なおさらである。
日本企業のIT部門にとっては、何をミッションとして持つか?が極めて重要になるのだ。
ここで、参考にして頂きたい発想法がある。地政学だ。最近、ニュースや新聞で地政学的リスクという言葉が使われ始めているので、ご存知の方も多いと思う。インターネットなどで調べてみると、しっかりとした学問領域ではなく、政治家や様々な国家の特に軍事部門において、研究されていた外交・軍事戦略の理論や考え方である。
筆者がこの言葉を知ったのは大学生の時である。筆者は学生時代、某体育会に属していたのだが、その体育会の監督が「地政学を勉強しなさい」と、しばしばおっしゃっておられた。そこで、倉前盛道氏のゲオポリティク入門という書物を読んだ記憶がある。筆者はすでにその書物は持っておらず、ネット書店でも売ってはいなさそうだ。内容は、大陸国家は大陸国家なりの戦略があり、それに即した軍事的装備と戦術を身に付けるべきである。海洋国家は海洋国家なりの戦略があり、それに即した軍事的装備と戦術を身に付けるべきである。というようなことが書いてあった記憶がある。ものすごく端的に言ってしまえば、自分の与えられた地理的条件に即して戦略を立て、その戦略に即した装備を備えろと言うことになるのだろう。非常に、当たり前の話である。
専門家ではないので、解釈が間違っている点があれば、ご容赦頂きたいが、大陸国家にせよ、海洋国家にせよ、自分の守るべきものがあり、それを守る、あるいは拡大するために周辺に出ていく。大陸国家の場合には、自分自身の中心をハートランドと呼び、その周辺へ領域を広げるのが基本戦略である。こうした戦略を実現するために、素早い陸上戦闘力が必要となるという。昔でいえば、騎馬部隊であり、現代では戦車であり、ヘリコプターである。
筆者が、あえてこの話をしたのは、企業には、それぞれの会社が中心に据えるものと、その中心を備えて広く社会に打ってでるものがあると考えているからだ。こうした各企業が持つ特徴は、当たり前に聞こえるだろうが、ITを考えるうえでもはずすことのできないものであるべきだ。
例えば、日本には、財閥系企業群がある。今でも、繋がりを持っているようだ。不思議なのだが、財閥系の企業は、違う業界であっても同様な経営をしていることが多いのだ。ある財閥では、主計部門と言われる経営管理部門が非常に強い。一方、ある財閥では、経営企画部門が強くなく、各事業部門の独立経営の考え方が非常に強い。こうした経営のやり方の違いが、筆者は「重心の違い」と言っている。こうした違いは、同じ基幹系のリプレースプロジェクトのアプローチを全く変えることとなる。経営管理部門が非常に強い財閥系では、基幹系のリプレースは業績管理の高度化がその目的であった。一方、経営企画部門がそう強くない財閥系では業務改革がその目的であった。目的とアプローチが異なれば、同じ基幹系であっても機能のディテールは変わってくる。そのディテールの違いをどう要件として実現するかが、IT部門には手腕として問われることは言うまでもない。
もう一つ。以前、証券会社の合併を担当したことがある。日本における合併、特に国内企業同士の合併は、資本の論理による戦略的手段というよりかは、一つ上位の力による‘口減らし’のための合併がまだまだある。筆者が経験したのは、上位の親会社主導で決まった合併であった。望まぬ合併であるがゆえに、合併準備作業は熾烈を極めた。ありとあらゆることで、合併する企業同士が喧嘩をするのだ。事務の封筒の形、帳票のタイトル、席の配置、合併祝賀パーティの会場、もう、ありとあらゆることで揉めた。店番号を決める際の揉め具合は、今でも鮮明に憶えている。
この両社の合併、ハイライトは営業スタイルの違いのギャップを埋めることだった。一方は、営業企画が強く、営業企画が決めた商品、売り方、顧客ターゲットに標準的な営業を展開し、そこそこの成績を上げていくというスタイル。言うなれば、平均的営業を底上げする営業スタイルだった。よって、システムは通常のSFAの考え方に近く、マネジャーと高頻度で詳細なPDCAを行うような営業システムだった。もう片方の営業は、営業のやる気を最重要視し、営業個々の創意工夫を促し、本部は個々の営業が仕事をしやすいように営業情報や資料を提供し、現場営業を少しでも楽にするというスタイル。言うなれば、トップ営業をどこまでも伸ばすスタイル。システムは、SFAというよりかはKMを充実させる方向に発展していた。どちらも正しいのであるが、考え方が全く違っていた。ここでは営業の組立と呼びたいのだが、営業のどこに中心をおいて、組織やシステムをどう整備するかが、全く逆の発想だったのだ。
こした機能の組立の違いは、システムの機能を変えてくる。ディテールというよりかは、根幹から変えてくる。この証券会社の例はあくまでもサンプルだ。日本企業には、同業にいながら、全く違う発想と論理で、機能の整備が違っていることが非常に多い。海洋国家における陸軍と、大陸国家における陸軍というものが、指すものが全く違ってくるように、同じ営業と雖も、機能の性格が全く違うことがしばしばあるのが、日本企業なのだ。
余談だが、こうしたマネジメントの重心の違い、機能の組立の違いが顕著に残るのは、労働市場の流動性が低いからだと筆者は思っている。労働市場の流動性が高い社会であるならば、こうした違いは容認できない。採用した人が、即戦力として力を発揮できるわけがない。日本企業は、労働市場の流動性が低いがゆえに、純粋培養が長い時間をかけて行われ、独自のマネジメントと機能の組立を確立して生きている。
申し上げたいのは、日本企業の経営とプロセスは、独自性が本当に高いということである。おそらく、CIOやシステム部門のトップになる人は知っているはずだが、一応、そのタイプに触れておきたい。企業経営の重心は、大きく言えば、マネジメントの強度と、コア機能の組立にある。それを前述した。
情報システムとは、究極のところ、マネジメントへの貢献と、コア機能の強化に役だつことを目指して存在している。マネジメントとは、経営で言えば縦のライン、すなわち経営、本部長、管理職、担当という組織の縦の流れを指している。レポートラインと言ってもいいかもしれない。機能とは、経営で言えば、横のライン、即ち、営業から、生産、物流、調達といった、機能毎の繋がりを示している。バリューチェーンだ。
マネジメントへの貢献とコア機能の強化という情報システムの命題を、どちらに、どのように役立つようにしていくか。当然、全部を最高にという発想は当然ある。これは、トップ企業だけが許されることだろう。企業としての個性や、従業員の士気を何よりも大切にし、そこそこ稼いで、企業の名前を次世代に繋いでいこうという価値観が極めて強い日本では、中々厳しい。これは、ここまでにも述べてきた。
どちらに、どのように役立つかというのは、理念的なことではあるのだが、「IT基本戦略」という言い方をしているのは、理由がある。日本企業には、特に「選択と集中」が必要なのだと思っている。これもこれまで述べてきた。全部できないのだ。あきらめないといけないし、経営やユーザーに「出来ない」と頭を下げなければならないことがあるのだ。
しかし、この選択は間違ってはいけない。選択を間違えることが、落ちこぼれの最初の選択肢を決めてしまうからだ。以後では、その選択をするときの、原則を述べていこうと思う。何よりも大切な原則は、最初のボタンを掛け違えないということだ。最初のボタンを掛け違うのは、最も犯してないならない間違いだ。日本企業のIT部門は、これを自分中心で決めてしまう傾向があるのだが、以降で日本のIT部門が持つべき考え方について詳述していきたい。
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